1931年、東京都出身。東京外国語大学ロシア語学科卒業後、光文社に入社。
文芸誌の編集者として、川端康成、三島由紀夫、松本清張などを担当。
創刊されたばかりの「女性自身」に異動、その3年後、31歳で『女性自身』の編集長に抜擢、100万部の週刊誌に育て上げ、その最高部数は147万部の新記録を達成した。
祥伝社の立ち上げに参加、「微笑」「新鮮」を創刊。55歳で独立。
初めての著書『女がわからないでメシが食えるか』はシリーズ40万部のベストセラーになった。
以後、運命学・女性学など、その著作数は200冊を超える。